東京高等裁判所 昭和48年(う)3250号 判決 1974年3月28日
被告人 小竹制雄
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
本件控訴の趣意は、東京高等検察庁検察官検事鈴木信男が差し出した巻区検察庁検察官事務取扱検事中野国幸作成名義の控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断をする。
所論は要するに、原判決は、本件制限速度超過の公訴事実につき、その事実は認めたが、被告人は過失による無免許運転者であり、かかる無免許者は道路交通法一二五条二項一号所定の運転免許を受けていない者には該当せず、被告人は反則者にあたるというべきであるから、被告人に対し同法所定の反則通告手続を経ることなしに公訴提起がなされた本件は、その手続が無効であるとして、公訴棄却を言い渡したのであるが、右は道路交通法一二五条二項一号の解釈適用を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れないと主張する。
記録によれば、被告人に対する本件公訴事実は、「被告人は、昭和四八年八月一五日午前七時一七分ごろ、新潟県西蒲原郡巻町大字下和納五、七二一番地付近道路において、法定の最高速度(六〇キロメートル毎時)をこえる七〇キロメートル毎時の速度で、普通乗用自動車(新五五ね四四四号)を運転したものである。」というにあるところ、原裁判所は大要次のように判示して、本件公訴棄却の判決をなした。即ち、原裁判所は、証拠調をなした結果、右の公訴事実を認め、その所為は道路交通法一二五条一項所定の反則行為に該当するものではあるが、当時被告人は運転免許証の更新手続を失念し、過失による無免許運転をなした際の事犯であり、かかる過失による無免許運転が罪とならないことは一見明瞭であり、また被告人は直ちに運転免許の許可申請手続をして運転免許証の交付を受けていることからしても、被告人は運転適性を有し、その無免許運転行為には危険性が少なく、かかる無免許者は道路交通法一二五条二項一号の運転の免許を受けていない者には該当しないし、かく解することが交通反則通告制度を設けた趣旨にも適合するものというべく、従つて被告人は反則者に当ると認められるから、同法一二七条所定の反則通告手続を経由することなくなされた本件公訴は、刑訴法三三八条四号にいう公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるときに該当するとして、公訴棄却の判決を言い渡したのである。
そこで検討してみるに、交通反則通告制度は、大量に発生している自動車運転者の道路交通法違反事件について、事案の軽重に応じた合理的な処理方法をとるとともに、その処理の迅速化を企図したものであり、この趣旨に添い、反則行為という行為類型および反則者という行為者類型の両面から、簡易迅速な大量的処理に適する事件を限定していることはいうまでもない。しかして、本件制限速度超過の所為が、道路交通法一二五条一項の別表上欄に掲げる違反行為であつて、反則行為に該当することは明らかであるが、関係証拠によれば、被告人は本件違反行為をした昭和四八年八月一五日に、取調を受けた司法巡査から運転免許証の提示を求められ、はじめて同年八月九日の経過をもつて運転免許の有効期間が失効しているのを発見したことが認められるから、被告人は過失により無免許運転をなしたものということになる。そこで、問題は、かかる過失による無免許運転者が道路交通法一二五条二項一号にいう「法令の規定による運転の免許を受けていない者」に該当するかどうかであるが、同規定の趣旨からみて、反則行為当時客観的にみて運転免許を受けていない状態にある者であればこれに当るものというべく、従つて故意による無免許運転者はもとより過失による無免許運転者も右規定に該当するものと解するのを相当とする。原判示のとおり過失による無免許運転についての処罰規定がないことは明らかであるけれども、運転免許証の有効期間を徒過した後の運転が、そのことを知りながらあえて運転したものかどうか(場合によつては未必の犯意の有無も問題になる)、あるいは免許証の失効したことに気付かないで運転したか否かは、具体的な事情によつて微妙な事実問題であり、一概に断じ難いうえに、反則行為の大量処理に当り、かかる主観的な故意、過失の有無の判断を求めることは簡易迅速性にももとるものというべく、また無免許者の運転はそれ自体危険性があるものとみられ、運転適性あるいは具体的危険性の有無は問うところでないものというべきであり、これを要するに過失による無免許運転者も含めて前記のように解することの方が交通反則通告制度が設けられた趣旨に合致するものと考えられ、そのため過失による無免許運転者が非反則者として通告手続を経ないで起訴されたとしても、自己の落度が招いた結果であつてやむを得ないものというべく、これを目して法の公平平等適用の精神に反するものとは認められない。また道路交通法六四条、一一八条所定の運転免許を受けないで運転した者には、過失による者が含まれないのにかかわらず、同法一二五条二項一号にいう運転の免許を受けていない者には、過失による者を含むと解したからといつて、それぞれの規定の仕方および趣旨からみて、両者は矛盾するものではなく、後者の規定に過失による無免許運転者は反則者に含めない旨明示されてないからといつて、右解釈に支障を生ずるものでないことは叙上説示に徴し明らかである。なお、原判決引用の最高裁判所判決は、本件事案とは類を異にし適切なものではない。
以上のとおり、被告人は反則者に該当しないから、本件公訴の手続は適法かつ有効なものであるのに、これを無効と判断し、公訴棄却を云い渡した原判決は道路交通法一二五条二項一号の解釈適用を誤り、不法に公訴を棄却したものというべく、破棄を免れない。論旨は理由がある。
よつて、本件控訴は理由があるので、刑訴法三九七条一項、三八〇条、三七八条二号に則り、原判決を破棄することとする。ところで、刑訴法三九八条は、不法に公訴を棄却したことを理由として原判決を破棄する場合は、原裁判所に差し戻すべき旨規定しているけれども、本件のように原裁判所において実体的審理を終えており、かつ本来ならば反則行為として量刑上も類型的に処理されるべき事案においては、右規定の適用はないものと解するのが相当である(東京高等裁判所昭和四六年五月二四日判決、高等裁判所判例集二四巻二号三五三頁参照)。そこで、同法四〇〇条但書により、次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
前記公訴事実と同一である。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人の判示所為は、道路交通法二二条一項、一一八条一項二号、同法施行令一一条一号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で被告人を罰金五、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。
よつて、主文のとおり判決する。